シゲさん(仮)

人生で初めてのアルバイトはメンズアパレルの販売だった。カジュアルな洋服もかっちりとしたオーダースーツも、どちらも取り扱うお店で約2年間働いた。

そのため、メンズスーツやそれに関連するアイテムの知識は割とある。ネクタイは最後まで結べなかったけれど、買う人の要望に合わせてスタイリングまでしていた。

男性諸君、スーツをご購入の際はぜひとも、よしこをお供するといい。コーディネート代はお腰につけたキビ団子(夏場は水まんじゅうも可)でかまいません🍡三色団子でも、何色団子でも。

そんなスーツ周りやその他メンズファッションについて、丁寧に教えてくれたのが店長のシゲさん(仮)である。

洋服に関すること以外にも、お金をもらって働くということ、世の中での立ち回り方法についても教えてくれた。学生時代にはピンとこなかったことも多いが、今振り返るととても貴重なレクチャーの数々である。

そんなシゲさん率いる職場仲間たちはお酒が好きなので、飲み会も適度に開かれた。

だんだんと親睦が深まるにつれて2軒3軒とハシゴが当たり前となり、最後はカラオケで締めくくられた。

シゲさんはカラオケが好きだった。

何を歌っていたか思い出せないけれど、昔の彼女を思い出してなんだか切なげなバラードをキメていたと思う。

飲み会で他の従業員が帰った後でも、シゲさんがカラオケに行きたいと言えば、私はできる限りお供をした。シゲさんは「よしこは娘みたいなもんだよ」とかわいがってくれていたし、仕事で本当に良くしてもらっていたから。人生経験の乏しい学生をよくぞ雇ってくれた、その恩を感じていたからこその行動であった。

そんな感じで月日が経って打ち解けてくると、だんだんと下ネタが会話に挟まるようになった。

下ネタを挟むから仲良くなるのか。

この件に関しては「ニワトリが先か卵が先か」、おそらく紀元前から私たち人類を悩ませてきた問題であろう。

下ネタが先か

打ち解けるのが先か

シゲさんは後者だった。いつの日からかシゲさんはセキを切ったように下ネタを話し始めた。

最初は本当に少し、軽いジャブ程度だったがすぐにエスカレートした。もう一回もう一回〜♪とミスチルの曲みたいに会話の中の下ネタの割合がモリモリ増えてシゲ100%だった。いや、あれは120%を超えていた。

ずっと話したかったんだね。よしよし。

とはならねぇよ。

内容は覚えていないが、最終的にかなりエグいことを聞かされたり、ぶっとんだ質問をされた。

私も私で不快な表情ひとつ見せず、「ハイハイ」と気にしないふりをして聞いていたのが悪かったのかもしれない。当時バンドを組んでいたため、周りは男だらけで下ネタまみれの会話に慣れていたのが吉と出たか凶とでたか。質問にもかなり適当に答えていたと思う。シゲさんの考える「ここまでなら大丈夫」というラインを順調に突破させてしまったのだ。

そもそも会話するのは仕事中で、品出しやディスプレイを作り“ながら聞き”だったんですもん。いちいち「えぇ〜ヤダぁ〜」「よしこ分かりかねまーす」なんて反応はしなかった。「そうっすねー。あー、まー、はい、ええ、そうっすねー」の連続である。

そんなことが続いたある日、出勤すると自分のロッカーに見慣れない袋が入っていた。オープンタイプのロッカーで中身丸見えの鍵なしタイプだから、誰でもアクセス可能なのだ。誰かが間違えていれたのかな?と袋の中身を見るとビデオテープらしきものが入っていた。

人妻?

狙われた人妻とか
縛られた人妻とか
ラベルに書かれていた文字はそんな感じだったと思う。

中身はAV、しかもビデオテープだった。

出勤は朝8時台。全く情報が処理できない。

誰が何のために!

ここはどこ?

私はよしこ!

人妻はなぜ狙われたんだ!

ちがう?奪われたの?

頭に大量の❓マークをつけたまま売り場に行くと、イキのいいシゲさんが視界に飛び込んできた。

「ロッカーの、見た?」

おまえか。

違和感満載だが、どう表現していいのかわからない。相手は上司でこちらはアルバイト、基本的には敬うべき相手なので、若いよしこは物申しづらかった。というより、かなり年上の人に何かを指摘したことがなかったから、なんと言えばいいか本当に分からなかった。

世間をザワつかせた某ベーシストに言い寄られた女子高生も、似たような感じだったのかもしれない。大人の人は目上の人、その人が明らかにおかしいのに、どう不快感を表現したらいいのか、どこまでが良くてどこまでがダメなのか。若くて踏んだ場数が少ないほど、いろんな線判断がしにくいだろう。

今の私でも、シゲ200%に対して何をいうべきかよくわからない。上司が自分のロッカーにAVを入れるなんてシチュエーション、なかなかないと思うのだ。とにかく不快であったことは間違いないので、素直に気持ちを表現すればよかったのかな。その前に心のシャッターを閉めちゃいそうだけど。

それはさておき、シゲさんは私に向かってワクワクした様子で話しかけてきている。だがしかし、まったく耳に入ってこない。

「それを見て勉強してほしい」

「これも社会経験だ」

くらいのことを言っていたと思う。

何言ってんだ、このおっさん。

あんたこそ、人として、社会人として、なんぞかんぞ勉強してくれ。anyway、アルバイトのロッカーに頼まれてもいないAVを入れちゃいけない。

本当にどうしていいかわからなかったので、エリアマネージャーが店舗に来た時、報告・連絡・相談をしてみた。シゲさんが私のロッカーに入れたブツを添えて。

私はすぐに別店舗に移ることになった。エリアマネージャーはめちゃくちゃ謝罪してきた。公になったら会社名が世に出て叩かれてもおかしくないレベルだったのかな。シゲさんがどうなったかは、移った先の店舗の社員がコッソリ教えてくれた。今までの功績や年齢が考慮されたのか最悪の事態にはならなかった。日頃の行い、その積み重ねは、後々自分を助けてくれるんだな。

人のふり見て我がふり直せって、聞きなれていて素通りしてしまいそうだが、本当に大切な言葉だと思う。

私も年下のかわいい男性のロッカーやポケットやカバンに、ブラとかパンツとかを混入させないように最新の注意を払いたいと思う。

大人になると自分の行動に責任を持たねばならない。とはいえ、人は間違いを犯す生き物だ。重要なのはその後。とにもかくにも責任を取るのだ。

大人の男性諸君。若い女の子へのセクシャルハラスメントにはくれぐれもご注意を。謝罪が必要であれば、その際に着るべし“誠実に見える”スーツのコーディネートをお教えします。

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