恵比寿のドルチェさん

2017年の10月、取引先の人に紹介された男性と会うことになった。“いい歳こいて”彼氏をもうけず棒登りばかりしている私にシビれを切らしたと見える。

“いい歳こいて”る我々は連絡先をつなげてもらっただけで、いきなり二人で会うという力技をキメた。会う日時や場所についてのやりとりはしていたものの、お互い忙しく、会うまでの間に情報交換はほぼ皆無。忙しいというのはいいわけで、興味があれば質問をしあったりしたのだろう。

待ち合わせ場所にはオーバーサイズの黒のトレンチコートを着た男性がいた。その姿はまるで金田一耕助。

予約してくれたのはワインの品揃えが良いらしい恵比寿のイタリアンレストラン。そこへ向かう道中、彼はワインについていろいろ教えてくれた。私は漫画『もやしもん』のおかげでワインに対する見識を深めていたため、彼のレクチャーはほぼ不要であったが、その少し前に知った男性に使うと良いと言われる“さしすせそ”を試したかったので鬼使いしてみた。

さすが!
しらなかった!
すごいですね!
センスあるぅ〜!
そーなんだー!

“さしすせそ”を光線銃のようにぶっ放したのは後にも先にもこの時だけ。ワインの知識をひけらかす人のためのような魔法のことば。目の前のいい歳こいた男性のことはよく知らないが、せっかく自分のために時間を作ってくれた人なのだから、その時間は楽しく過ごしてほしいという思いはある。一応、取引先さんの知り合いだし。

レストランではすべての料理とワインが出てくるたびにまず彼の味見が入り、ご意見・ご感想をいただいてから私が食べるという流れ。

もしあれが味見ではなく毒味で、しかも今が戦国時代だったらとてもドラマチックだったと思う。「殿!毒が入っていたのは……イベリコ豚ですか!殿ーっ!料理したのはどいつじゃー!シェフを出せ!」と叫びつつ私がシェフとデキている、という一幕もあったであろう。

が、しかし時は21世紀。彼の行動はただの味見であるし、私はシェフの顔も知らない。シェフっていうか作っているのはバイトかもしれない。

そんなことを考えているうちに時間は過ぎていった。宴もたけなわ。お腹も満たされたところで彼は言った。

「ドルチェどーする?」

意味は伝わるよ。でも日常会話で使うの初めてだよ。恵比寿あたりだと普通なの?東京カレンダーでは新しいことスタンダードワードなの?

しばらく、私や私の友人たちの間では、甘いものをドルチェと呼ぶのが流行った。今でも時々使う。

さしすせそのおかげか否か、彼はとても気分を良くしてたくさん喋ってくれて、実は平常時は無口な私としては助かった。ドルチェという言葉以外もたくさん発していただろうが、内容は何も覚えていない。

ワイン、恵比寿、イタリアンと3ワードがキメキメのキラキラでなんだからめまいがしてしまう。別の男性にCoCo壱番屋につれていかれた時には「雰囲気の良い場所がいい」とスネちゃま化していた自分の気分の変わりようにもびっくりするよしこ心はどこの空。

いいなと思う人とだったらどこでもなんでもいいのだ。吉野屋でも、吉野屋でも、吉野屋でも。お分かりですか?これを書いている今、猛烈に牛丼が食べたいのです。数ある牛丼チェーンの中では、やっぱり吉野家が一番おいしいと思うのです。

恵比寿の伊達男とはそのレストランで解散。「用があるから」と告げて、渋谷までひとり歩いて帰った。ドルチェでお腹いっぱい・胸焼けバンザイだったから。

コメントを残す